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「どこのどいつやねん」 「さあ・・・気がついたら石頭がボール跳ね返してたからよう分からん」 なんやそれ、と私の膝を覗き込みながら白石が呟いた。体育の時間に男子がやってたテニスのボールがフェンスを超えて、女子の短距離走のレーンまで吹っ飛んできたのは少し前のことだ。 それも走ってる途中、ピンポイントであたしの頭に。思い切り打たれたのかぶつかった時の衝撃は相当で、あたしは不本意にもつんのめって倒れてしまった。それのせいで両膝とも擦り剥けて血が滲んでしまって、頭の右側にはご丁寧にたんこぶまで出来ている。 「誰か叫んだ思ったらが倒れてんねんもん、俺、ビビッたわ」 「ああいう時はそっとしておいてくれんのが一番やねんけど・・・人だかり出来るわ、謙也がむっちゃ慌ててるわで。見世物ちゃうねん」 「・・・それ当てたん謙也ちゃうの?」 それはないやろーだって謙也テニス部やん。あんな特大ホームラン打たんやろ。 そう笑うと白石は分からんで、と脱脂綿に消毒液を染み込ませながらニヤリと笑った。 「よそ見でもしてたんちゃう?@とか」 「ん、ああ・・・それはありえるなぁ」 学年内でも可愛いと評判の葉山さんにどうやら惚れてるらしい謙也は、最近どうも様子がおかしい。特にこの前の席替えで葉山さんの隣になった時から目に見えて行動がおかしくなった。それを私と白石は恋と呼んでいる。 「謙也が犯人やったら罪を償ってもらわんとなー」 「罪?」 「大事ーなをこないケガさせてもうて」 我慢してな?と私を見上げた白石は、ピンセットで膝の擦り傷に脱脂綿を押し当てた。途端にビリビリとした痛みが私の右膝を駆け巡って、思わず声をあげる。ピンセットを離して息を吹きかける白石のミルクティ色の髪が膝小僧に当たってひどくくすぐったい。 「・・・白石、なんか恥ずかしい」 「恥ずかしいてなんやの。が痛い言うからふーふーしてやっとんのに」 「だからそれが恥ずかしい言うてんの」 白石はなんやそれ、と苦笑したあとまた同じように私の膝へとピンセットを近づけた。ちっとも軽くならない痛みに自分の土で汚れた体操着をぎゅうと握る。次は左だ、と右よりも傷の範囲が広いそこに脱脂綿を当てる前に白石はそっと長い睫を伏せた。それは上から見下ろすとまるで泣いているように見えて、心臓がどきりと跳ねる。 「、左足よりこっちの方がもっと痛いで?」 「・・・・・」 「ええの。ありえへんぐらい痛いで」 「ええわけないやろ」 「せやったら自分のなんて握っとらんで、ほら」 俺の手でも握っとったらええやん、と差し出された右手は私より一回り以上大きい男の子の手だった。顔を上げた白石は口端を引き上げ笑っている。 ミスター四天宝寺と言われている白石は誰に対しても優しくて、勉強も出来て強豪テニス部の部長で当たり前のようにモテる。そして考えられんくらいに愛想がいい。なんでそんなヘラヘラしてられるんだろうか、という場面でも白石はずっと笑っているのだ。白石を好きな子は何十人といる。私はその中の一人で、遠くもなく近くもない位置で白石を見てきた。 今までありがとうと言って何人の子がこうやって白石の手をとってきたんだろう。白石はそれをどう思って手を握ってきたんだろう。モヤモヤとした黒いフィルターが目の前に広がって、私はなんだかひどく泣きたい気持ちになった。嫉妬の塊の醜い生き物ということは重々承知の上である。 私はまだ付き合ったことなんてないし、告白をしたこともされたこともない。他の人から言えばたかが手を繋ぐことだって・・・握ったり触れることさえ出来なくて、いいよ、とどうにか冷静を装って白石にそう言うしか出来なかった。 白石と手を繋ぎたい、繋げたらそれこそ死んでもいい。でも今、それはしたくない。誰にでも手を差し出す無差別なその手は私だけのものじゃないから。なんて独占欲の強い女なんだろうか、私は。 「んな堅いこと言うなや、痛いんやろ?」 「大丈夫。我慢できる」 「できひんくせに。痩せ我慢って言うんやで」 遠慮せんでいいのにと目を細めた白石はバカバカしくなるくらいに格好良くて、同時にひどく廃れて見えた。 誰にでもそういう言葉をかけるの。私じゃない子にもそうやって笑いかけるの。綺麗で細長い指を絡ませるの。優しいの。 いいから早くしてよ、と声を荒げてしまった私を訝しげに見た白石は差し出していた右手を傷に当たらないようにと太腿の方へそっと置いた。 「なに怒ってんねん」 「怒ってへんよ」 「怒ってるやん」 「怒ってへんて!!」 投げつけるように言い捨てた言葉を、白石は溜息で返した。心底疲れたというように肩を大きく上下させるとピンセットを救急箱の上へと置いて、人差し指がゆっくりと唇に添えられる。 独特の柔らかいざらりとした感触に思わず身を引くと、怒ってるやん、と白石は苦笑した。 「昔っから怒ると口尖らせんのがクセやろ?」 「・・・・・・・」 「なに怒っとんの。」 「別に白石のことやないし」 「俺に嘘は通用せんで」 なんでもお見通しや― そう言いたげに視線を送ってきた白石は薄い唇を閉じたり、開いたりを幾度も繰り返す。私はそれをただ黙って見るだけで始業のチャイムが鳴るのを遠くで聞いた。 無言の保健室は差し込んでくる太陽の光がまるで万華鏡のようにいくつもの所に反射して、キラキラと音を立てている。逸らしていた視線がまた私の目を捉えたとき、手持ち無沙汰になっていた白石の左手がすっと伸びてきて、体操着を掴んだままだった右手へゆっくりと重ねられる。 ヒュッと鳴った私の喉は空気を吸うだけで精一杯で、声というものを発してくれない。 「、」 「や・・・なに、なんなん、白石」 「なんか俺・・・にえらい勘違いされてると思うんやけど、違う?」 「勘違いなんて」 してへん、そう言おうとした刹那に中腰になった白石は大きな両手でぎゅっと抱きしめてきた。どうにか白石の肩を押してみるけれど、一向に離れない。心臓が煩く飛び跳ね回っている。 「・・・・・・なに、泣いてんねん・・・」 「・・・・っ、・・・あほ」 「泣かんといてや・・・こっちが泣きたいぐらいやのに」 泣かんで、と首筋に顔を埋めながら呟くように零して腕の力を強める。痛いくらいのそれはなんでかとても心地良くて、私は膝の痛みなんてすっかり忘れてしまっていた。 「白石は誰にでもこんなんするんやろ、」 「するかぼけ。どんだけ尻軽や思てんねん」 「せやかて・・・、この前他のクラスの子の手ぇ握とったの見たで」 「『痛いから握ってもいい?』って聞かれただけや。」 「ほら、やっぱり」 「しゃーないやろ保健委員なんやし」 保健委員ってどんな理由やねん。顔の位置をそのままに話す白石の吐息が首にかかってくすぐったい。 なあ、と搾り出した白石の声はいつものトーンとはまるで違った。鼻と鼻が触れそうな位置に来た白石は眉を八の字に下げながら薄らと笑っている。 「好きやねん、俺」 「すきって」 「のことが」 細くて長い指が絡め取るように重なって、白石の薄い瞳の色が揺れた。息をすることを忘れた私はただその目を見つめるだけで精一杯だった。 |