「ざいぜーん!」
両手を口の脇に添えてミニ拡声器状態の私が声高らかに名前を呼ぶと、頭のてっぺんから瓦割りみたいな衝撃の掌が落ちてきた。

「いったー」
「そりゃ痛いわ、銀さん仕込み」
「ざーいーぜーん!」

「傍におるならはよ言ぃなぁ」と頭を抱えしゃがみ込む私を横目に、憎たらしい同級生は「まぁしゃあないわ」と軽く呆れ、見えない角度で舌を出す。




朗らかな青春




「お前ら部活始まった早々、じゃれとるんか?」
早々にウオーミングアップのグランド10周を終えてきた忍足先輩が私と財前を交互に見て、ケタケタ笑い始めた。

「何いうてますん、先輩」
「もう隠さんでもええんやで。 俺ら邪魔者達も引退っちゅーことで、テニス部からは去ったことやし」
「……どの口がいいますん? 毎日こうして先輩と、おうてるやないですか」
「それはな……」

財前に一本取られた忍足先輩が「っう」と軽く唸る。 言葉よりも先に体が動くタイプの先輩の次の手は……。

「っ! な、なに……」
ー。 よう見とき。 光の弱点はな、この脇腹の……」
「痴漢せんといてくださいよ、小春先輩じゃあるまいし」
「ウチを呼んだの誰や?」

忍足先輩が財前に”くすぐり攻撃”を仕掛け、かわす財前は先輩を変態呼ばわりする。 わっと盛り上がった輪はいつのまにか集まってきた馴染みの顔でどんどん膨らんでいく。

「浮気か、死なすど」
「南無……」
「あらー、蔵、おらへんの?」
「千歳先輩なら早退っす」
「えー! やらいしー!!」
「意味わかんないっす」

もうこうなると無茶苦茶で。 マネージャーの私が何を言おうと、どう仲裁しようと埒はあかない。 引退だの卒業だの先輩達は二言目にはそんな「別れ」の言葉を口にするけど、実際は週に何度もこうして「自発的」にテニスコートへと大集合になる。 「今日もまともな練習は無理やな……」こっそり財前が部のノートにしたためていた、「1、2年シャッフル即席ペアトーナメント」を試してみようかと思っていた計画は、また後日練り直すことになりそうだ。……と、思ったタイミングで、オシアイヘシアイの輪からのそりと細い足が外へと飛び出た。 ポロシャツまで脱がされそうになったらしい財前はやっとの思いで忍足先輩の追撃から逃れたようだ。 珍しくぶすっとした顔で私の隣に戻ってきた。

「お疲れさん」
「ったく、災難や」
「なんて、財前的には嬉しそうやん」
「嫌味か」

目の前の集合体は尚もやんやと騒いでいる。 今日はオサムちゃんは京都まで出張だと聞いている。 収めるべき人間がいないということは、暴走にも拍車がかかる。 これ、四天宝寺、という世にも珍しい「笑ったもん勝ち」の学校でなければ、私たちはとっくに部活動など追放されているだろう。

「どないしよ?財前」
「知るか」
「いや、でもな……」

実力のある財前と金ちゃんは、まぁ、例外として。 他のメンバーには「来年」という未来の目標がある。 ごっそりと抜ける3年生のレギュラーの枠を狙ってる彼らにとっては勝負のこの季節。 いつまでもお祭り騒ぎが邪魔をする事は、やはり誉めらる状況ではないと思う。

「どうにかせんと」
はどう思うん?」
「えーー? うちに振られてもな」

来年、どうなるんやろ?……このチーム。
天才とは言われても基本的に寡黙な財前。 強さでは誰も敵わない分悠々自適な金ちゃん。 ……とてもじゃないけれど、白石部長が纏め上げた方法では新・四天宝寺は機能しないと思う。 毎度毎度「流しそうめん」のオサムちゃんの発破のかけ方にも限界がある。 

私は「はー」と深いため息をついて隣の同級生を見た。 先輩でも後輩でもない、タメである財前と私は、チーム的にも手に手を取って協力して相談して二人三脚で頑張っていかなければならない立場で。 そこにあるのはチーム愛だ。 テニスが好きで四天宝寺を誇りに思っている、強い愛着が全ての困難を超える基盤になる……と論説的な説教を残してくれたのは白石部長だ。




「あ……!」
前を見ていた財前が驚きの声を上げた。 息をのむ表情に慌てて私もその方向を見る。

「あ、れ?」
「……手」
「うん、なくなっとる……包帯」

謙也先輩の言うた通りや、と 財前がぽつりと零した。 西日を逆光に登場したカリスマ部長・白石蔵ノ介先輩には、トレードマークの利き手の包帯が見当たらない。 時々ふざけて「千手観音」を披露した時も、必ず包帯で白石先輩だと見抜かれたその人と別人のような雰囲気さえ漂う。

「なんや、この騒ぎは」
「見ての通りですわ」
「……財前は、何考えとるん?」

あかんやろ、と白石先輩が掌をチョップの形にして、財前の能天を小突いた。 瞬間頭を抱え蹲った後輩を横目に「そりゃ痛いわ。銀さん仕込みやさかい」と綺麗に微笑む。 30分ほど前同じような痛みを覚えた私も条件反射で自身の頭を確認する……。 そんな私に目を合わせてきた白石先輩は「ももっと、積極的にならな、あかんで」と私のツムジのあたりを細い指先で触れた。

「い、痛っ」
「直撃やな」
「え?」
「さすが天才、財前光、っちゅーわけか」

白石先輩はそういって軽く笑った。 私が感じている痛みは「つぼ」にドンピシャだとか。 痛い痛いも気持ちいい……となっていく、変わり種の攻撃?らしい。 それを一発で仕留めた財前について「ほんま、よー、のことわかっとるで、こいつは」 クールな顔してデータ取り巻くっとるで、と指をさす。

「ったー」
「財前、あんた……今の先輩の話」
「別に否定はせーへんで」
「は?」

「撤収やでー!」と遠巻きに白石先輩が仲間達に声をかけた。 挙げた左手にはもう包帯も毒手の痕跡もないけれど。 ピッと 一瞬で騒ぎが止まった輪はこちらを振り向き一斉にどよめきそのあと、「ほなな」と順次、後ろ手にさいなら、と手を振っていく。

「どういう……」
「心配なんやで、みーんな」
「忍足先輩も、ですか?」
「あー、謙也の場合は、完全”趣味”やな」

「財前以上に、のことを気にいっとったからなぁ、謙也は」と 白石先輩はわざと周囲に聞こえるボリュームで宣言する。 「え!」とまともに驚愕する私に財前が面白くなさそうに舌打ちをする。 次に見やった私たちの二つの肩を白石先輩はわざをぶつけるように押した。

「仲良くしなさい、ええか」
「……せやけど」
「でも」
「あとはせやな。 二人は素直になってな、朗らかに……」

「「 朗らか……? 」」

綺麗にハモッた財前と私はその表情も似たり寄ったり、ポカン、としていたのだろう。 よほど可笑しかったのか、白石先輩は大笑いとなり、一旦帰路へと向かっていた先輩たちもぞろぞろ、ユーターンしてきた。

「ほんま、お似合いやわ、お二人さん」
「ええか財前、お前にはがおるんやから、もう小春には近づくな」
「そーゆーこっちゃ。 お膳立てはしといてやったで」
「えー!なんや、ワイ、なんも聞いとらんで」
「金ちゃんは、来年まで辛抱や」
「まだ死にとうないやろ? も、財前も」

はい、二人はめでたくカップルね!と 「一心同体少女隊」と祝福されたらしい、私と財前は二の句が出てこない。 というかこの悪夢がフィクションであってほしいと心から願ってしまう。 せめて、3月に予定されている「3年生を笑わかす会」のネタくらいに留めてほしい。 

「拒否権なしですか?先輩方」
「んな、怖い顔せーへんことや、はん」
「ですが……!」
「あら?言ってしもうてえぇん? ちゃんのマル秘データ……」
「え、な、なんですか、それ」
「あー、ワイ聞いたでその話。 っちゅーか、財前がメロメロなんやろ?」
「は?」
「ほんま、に関しては誰よりもスピードスターやな、」

公衆の面前で、突如、公開お見合いのような盛り上がり方をされた、来年も未来もある……財前と私は互いに受けた能天チョップの傷が再びずきずき疼き出す。 私と財前はテニス部員で同級生で……先輩たちより少しだけ、多分……”ムッツリ”な、だけ、で。

「ま、しゃあないですわ」

となりから溜息のついでに出てきたような、それでいて、どこかケジメのようにも聞こえる財前の声に その場の全ての視線が集まった。

「とりあえず、試合頼んますわ」
スピード対決からでええですわ、と財前はいの一番に忍足先輩に私が抱えていたラケットを横取りしたのち差し向けた。

「俺に勝ったら、先輩方の言うこと、聞いてもええですわ」

最上級に生意気な口を叩いた天才は、そして私の方をふりむいて、先輩たちには見えない角度で「べー」と舌をだした。







end by 千春

「四天宝寺に恋をした」様に寄稿。
相思相愛の二人。 でもきっかけを作れないから世話を焼く先輩たち、勝負の結果はどうであれ、財前君はこのあときちんと、ヒロインに言うべき言葉を告げると思います。 たぶん壮絶にかっこよすぎて、ヒロインは泣き笑いかと……? お読みいただきまして、ありがとうございました。