「あほやなー、ユウジ」
「うっさいわボケ」
「あ、そんなこと言うてええんか、もう数学教えへんで」
「わ、嘘ですごめんなさいさま」
「それでええねん」

あたしは放課後の図書室で、目の前でカリカリ、とノートにシャーペンを走らせるユウジに「ちゃうちゃう、これはこの数式に入れて…阿呆!なんでこれがこうなるんや!」と時々ツッコミを交えながら、かれこれ1週間くらい、ここで数学を教えていた。
何といっても受験生であるあたしたちは、つねに勉強に追われている。
3年生最後のテストと証したものが、あと1週間後ほどに控えていて、数学が苦手なユウジはあたしに、ヘルプを出してきたのだ。
心の底でユウジと同じ高校に行きたいと思っていたあたしは、「おん、ええよ」と数学を教えることを快く承諾した。…んだけど。

「ちっがーう!何回言ったら分かるんや!これはこの数式使うて言うたやろ!」
「そんなこと言うたかて、の教えかたは分かりづらいねん!」
「あっ文句言うたな、いま文句言うたなユウジ!もうほんま知らんで!」

あまりにユウジが数学が苦手すぎて、なかなかあたしのペースにならない。
しかもちょくちょく漫才を挟んでいるせいで、勉強も進まない。

「うが〜イライラする〜!」

あたしがそう叫ぶと、カウンターから図書室の先生がやってきて「静かにしなさい」と言いに来た。
「スンマセン」ととりあえず謝って、自分は関係ないです、と言う顔をして数学に取り組むユウジを睨む。
その視線に気づいたのか、ユウジが教科書から顔を上げた。

「…なんやねん」
「あんたも叫んだやろ、謝りぃ」
「なんでやねんっ!」
「あっほら叫んだ!なっ、先生、こいつ叫んだやろ?!うるさいやろ!」
「…2人ともうるさいわ」

先生は呆れたように言うと、カウンターのほうへ身体を向けて「財前くーん」と叫んだ。(先生かて叫んどるやん!)
カウンターからはダルそうな「はーい」と言う声。

「…何スか、本の並べ替えなら終わりましたけど」

肩に大きなヘッドフォンを下げた財前くんが、そう言いつつダルそうに歩いてくる。
耳には、輝く5つのピアス。見るたびに派手やなぁ、とため息が漏れる。

「この人ら、ちょっと黙らせといて貰えると嬉しいわ。先生じゃ手に負えんのよ」
「…先生、いちいち俺を使いすぎですわ」
「堪忍堪忍!」

エヘヘとお茶目な笑いを残して、先生はカウンターに消えた。
残された財前くんは、はぁ、とため息を1つついて、あたしの隣の椅子を引くと、そこにに腰を下ろした。

「まーたここで勉強して騒いで…先輩ら、一種の名物になってますよ」
「ユウジと名物て…嬉しくないわ」
「それはこっちのセリフや」
「なんやと?!」

あたしとユウジは、にらみ合って、猿みたいにイーッと歯をむき出しにする。
それを見て、財前くんがまた1つ、大きなため息をついた。

「…ほんま、仲良いっすね、先輩ら」
「「どこがやねん!」」
「…そういうとこッスわ」

確かに仲が良いと言えば、そうかもしれない。
ただ、あたしは、ユウジとはただの友達で終わりたくない、と言う気持ちがある。
小学校のころから悪友として付き合ってきて、いろいろ悪戯なんかもしたりして、一緒にいるのが当たり前みたいになってたけど、あたしはひっそりとユウジのことを尊敬していた。
お笑いに真っ直ぐ向かっていけるところとか、頑張り屋さんなところとか、実は根は真面目なところとか。
ひっそり魅かれていた、でも正しいかもしれない。

「…鈍感なんやもん」
「はぁ?、なんか言うたか?」
「…べーつーにー」

変なこと気にしてないでさっさとやれ、と言ってユウジの額にデコピンを1つ食らわせる。
ユウジは鈍感だ。全然気づいてない。あたし、ほんまはユウジのこと、好きなのに。
あたしは泣きそうな顔してたと思う。
今のところ、ユウジと進路は別々だ。今からまだ変えることは出来るけど、あたしが進む高校は、完全に理数系で、数学が苦手なユウジには、少しだけ、キツい。
受験が終わったら、こうして一緒に学校で会うこともなくなるんやな。
そう思うと、卒業はまだ先の話なのに、なぜだか泣きたくなった。
そんなあたしには気づかず、ユウジは数学の問題集に取り組んでいる。

「…ユウジせんぱーい」

シーン、となった空間に、財前くんのダルそうな声が響いた。

「なんや、財前?」
「今コートで白石部長とかがストレス発散や言うて練習試合してるんスわ…良かったら行きません?」
「試合ぃ?」
「…小春先輩もいるんスけど」
「行く行く行く!めっちゃ行く!」

ユウジはものすごい勢いで、席を立つと、スチャッと敬礼のポーズを決めて見せると、あたしに1つウインクをした。

「ほな、一氏ユウジ、行って参ります!」
「……待っとる」
「ちょ、なにほんなになってんねん。ツッコミ入れろや」

ユウジが肩でごついて来たが、あたしはそれをごつき返す元気がなかった。
将来のこと考えて、あたしもちょっとおセンチになっとるんや。

「先輩も観に行きません?試合」

財前くんが、あたしにそう聞いたが、あたしは「いい」と言って断った。
それに、実は実際テニスコートに行くより、この図書室からのほうがテニスコート全体がよく見えるのだ。

「そッスか…じゃ、行って来ますわ」
「はーい」

ユウジと財前くんが図書室を出て行ったあと、あたしは椅子を窓側へ移動させてそこに座った。
窓を開けると、まだ少し冷たい風がふわりと入ってきた。
テニスコートでは、遠山が元気に走り回っている姿が見える。
相手は白石。包帯を巻いた手をちらつかせて、少し脅しながら試合を進めているように見える。
そこへすばやくユニフォームに着替えた、ユウジと財前くんが小走りでやってくる。
ユウジは、コートで審判をしていた小春に抱きついて、どつかれていた。

「…ほんま、大好きやねんな…小春のこと」

あたしがこんなことを呟いているとも知らずに、テニスコートはワイワイと賑わっていた。
もうダブルスもシングルスも関係なくコートに入り混じり、審判はいるのかいないのか、とにかくお祭りのようだ。
コートに入ってラケットを握るユウジは、めっちゃ笑顔で、楽しそうで。
やっぱりテニスも小春も好きなんやなぁって、そう思った。

「…頑張れ、ユウジ」

ここでこうして呟いても聞こえないなんて、なんか虚しくて。
あたしは大声で叫んだ。

「頑張れ、ユウジー! そんで…好き、やねん!」

好き、は聞こえないように少しだけ小さい声で言った。恥ずかしかった。
コートの中にいる、ユウジがあたしを振り返った。
そしてラケットをブンブン振り回して、ヘラッとした顔で笑った。
口が動く。
あたしはそのユウジの口の動きを真似して、自分で呟いた。

「お、れ、も………俺も?」

一瞬、何のことかわかんなくて、混乱した。
あたしは多分このとき、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしていたんだろう、と自分でも思った。




想いを声援にのせて


その後、白石からユウジが進路変更したことを聞かされた。変更先は、あたしと同じ高校だった。